炊きたてご飯の謎

 この世で最高においしいものが炊きたてご飯であることは、異論を許さぬ事実である。その香ばしい魔力の前には、ダイエットのためにお代わり禁止の誓いもたやすく敗れ去った。お腹いっぱいなのだ。
 しかるに、炊きたてご飯を滅多に食しないのはなぜなのだろう。どうして外食などするのか。至高の炊きたてご飯を自宅で食べたほうがおいしいはずなのに。ビールに焼肉でチヂミ、ラーメンで餃子、ホットドッグでコーヒー。いずれも小麦系のメニューであり、炊きたてご飯ほどの幸せを与えてはくれない。なのに選んでしまう。
小麦にはなにか中毒性があるのかもしれない。
 ちなみに実家ではお米に麦を入れて炊き、出来上がったら速やかに冷蔵していた。これは炊きたての香ばしさを飛ばし、水気を浸透させて歯ごたえを消し去る卓越した技術であり、お代わりしたい気持ちを消失させるすぐれたダイエット法だった。やせたければ、間違ってもご飯を冷凍してはならないのだ。それはさておき、炊く際に麦を入れるのもポイントが高い。ご飯を食べるだけで小麦中毒症状を緩和できるとは。
 いや、もしかすると、炊きたてご飯にこそ恐るべき中毒性があり、小麦はその毒性を打ち消すと見たほうが正しいのではないか。考えてみれば、日本人は昔からご飯に激しく執着していた。かつての日本は、国の規模を石高で評価していた。山を段々に削ってまで水田と化し、米を作った。酒も米から造る。正月を祝う食品は米をついたものである。白米を食べまくったがために脚気となり、江戸では大勢の死者を出すはめとなった。それでも白米のご飯を食べている。戦慄すべき話ではないか。
 小麦の力によって、この中毒症状をようやく抑えることができたのだ。例えばドトールのメニューが炊きたてご飯であったなら、人々はついついおにぎりを一個、もう一個と注文し、おかずも食べ、時間とお金を浪費したあげくにメタボとなっていたであろう。だがジャーマンドッグであれば、後を引く心配など不要だ。
 ありがとう、パン。ありがとう、ビール。ありがとう、文明開化。ありがとう、両方を一緒くたに摂取させてくれた実家。ほんと食欲が収まったです。